【2013年9月1日に第1回セミナー(我が国観光の将来を探る)を開催しました。】

過去に行われたセミナー・交流会のご案内です。

【2013年9月1日に第1回セミナー(我が国観光の将来を探る)を開催しました。】

2013年度第1回経営学振興セミナー
我が国観光の将来を探る ~ある観光地の栄枯盛衰~

2013年9月1日(日)ホテルグランヴィア大阪において、経営学部校友会2013年度経営学振興第1回セミナーが行われました。今回はおごと温泉「びわ湖花街道」代表取締役会長佐藤良治氏による「我が国観光の将来を探る~ある観光地の栄枯盛衰~」と題するお話しでした。50人の参加があり、盛況のうちに終えました。
大変興味深いお話しで、佐藤氏には続く懇親会でもお付き合い頂きました。大変盛り上がりました。以下当日のお話しをご紹介致します。

雄琴温泉というと
雄琴温泉というと、一定以上の年代の人には特別のひびきがあることは、みなさんご承知の通りです。そのため「風評被害」にあい、苦しい時代が続きました。これを乗り越えて、今があります。そして、今日では40万人を超える顧客を得ています。それに基づく経験談をお話ししたいと思います。

立命館大学能楽部出身?
私は1939年京都生まれです。若く見られますが74歳になりました。先祖は香川県出身で、屋島、佐藤城城主が手柄を立てて、尾張藩へ移り、その後、廃藩置県で京都へ出てまいりました。
円町で名古屋コーチンの養鶏を行い、品種改良を重ねて、柔らかい名古屋コーチンを生み出し、祖母は三条烏丸で水炊き屋をしていました。卵が新鮮かどうかを見分けられるよう日付をこれに書き加えるという工夫を行い、大もうけをしたそうです。
その後、雄琴温泉で國華荘という旅館を始めました。昭和15年のことです。雄琴は昭和27年大津市に合併され、その頃以後、観光開発が進み、温泉地として発展しました。

私が雄琴小学校の時、終戦で、旅館もオーストラリア軍に接収されました。おかげで物資は豊かでした。成長してからは立命館大学経済学部経営学科に入学しました。でも実際は能楽部に入り浸りでした。当時能楽部顧問の淡川先生に教えられたことがあります。それは、「人には二大矛盾がある。①死にたくないが死ぬ。②金儲けの不公平がそれである。これをどう考えるか。①については、親より先に死んではいけない、というのが答であり、②については一つの解決法がある。それは儲けるだけ儲けろ。でも使い方はきれいに使え。」これが先生の教えでした。

修業時代から第一期黄金時代へ
大学生活、ゼミで何をしたのかまったく覚えていません。卒業してから、別府の杉乃井ホテルで修業しました。東の加賀屋。西の杉乃井といわれた有名なホテルでした。ここをまねたのがホテル紅葉でした。私は当時九州中を廻って、見て歩きました。雄琴へ戻ったのが昭和39年。観光ブームの最中でした。名神高速道路が開通し、東海道新幹線も開業し、びわ湖大橋が開通したのもその頃です。まさに一大観光ブームで、増築に次ぐ増築の時代で、忙しくなり、修業半ばで帰ったわけです。団体旅行時代が到来し、まさに第一期黄金時代でした。

琵琶湖畔おごと温泉について
私は、ウィキペディアの内容が正確とは思いませんが、全く信用できないとは思いません。雄琴温泉は今から約1200年前に伝教大師最澄が開いた湯といわれています。雄琴温泉について、ウィキペディアではこう書いてあります。『雄琴温泉(おごとおんせん)は、滋賀県大津市(旧国近江国)の琵琶湖西岸にある温泉である。湖国随一の規模と歴史がある。地元観光協会などでは平仮名表記の「おごと温泉」を標榜している。かつて歓楽温泉のイメージが強かったが、近年各旅館経営者の改善努力によって特に変化著しい温泉地の一つであり、着実に宿泊客が増えている』と、私達旅館経営者の取り組みを紹介しています。

第2期風俗街の時代からバブル崩壊
京都府で、1971年風俗営業が禁止されたのをきっかけに、風俗店が続々隣接地の雄琴に流入し、一大風俗街になってしまいました。雄琴温泉のイメージは悪化し、従来の旅館はどん底状態に陥りました。ウィキペディアでも、『雄琴温泉は、第二次世界大戦後、交通アクセスの良さから関西の奥座敷として発展した。特に1970年代前半から、国鉄(当時)湖西線の開通もあって団体旅行客が増加し、1971年(昭和46年)、雄琴初のトルコ風呂(当時の名称)「花影」を皮切りに、大規模な風俗街も作られていった』と書かれています。
しかし、バブルが崩壊し低迷時代となり、他方で風俗一掃の動きも出てきて、新たな観光地として発展し始めています。風俗もいずれ終焉すると思っています。

旅館名に込めた思い
1990年代後半には、旅館名称の変更をしました。それまでの「國華荘」から「びわ湖花街道」へと名前を変え、親切をモットーに、また別館を新設し、露天風呂と創作料理を新たに売りにしました。
お越しいただくお客様それぞれに心の中に花をお持ちになっています。その花をさらに大きく美しく咲かせてください。その花の香りを私たち従業員がそよ風となって皆様にお届けいたします。
「花と風の物語」これが「花街道」ネーミングへの思いです。

世代交代・新たな発展
各旅館の競争で活気が出てきました。世代交代もはかりました。
そのことを、ウィキペディアでは『バブル景気崩壊後は観光客が減少したことから、生き残りを図るために1990年代後半から各温泉旅館が改装に乗りだした。各旅館がこぞって全室露天風呂付きの客室の新館や別館を併設したり、趣向を凝らした露天風呂や創作料理を提供したり、サービス改善に努めたりと、ハード面・ソフト面双方の改善が進んだ。また、旅館名の変更も相次いでおり、「雄琴国際ホテルきくのや」は「暖灯館きくのや」に、「國華荘」は「びわ湖花街道」に、「ロイヤルホテル雄山荘」は「里湯昔話雄山荘」に、「芳月楼」は「びわこ緑水亭」に改称している。旅館同士の競争が相乗効果を生み、着実にリピーターや新規顧客を増加させ安定した成長を続ける結果となり、宿泊客数は着実に増加している。また、京都方面への修学旅行客受け入れ先としても機能を果たすようになっている』と。
また、最近も国道161号線沿いに、天下一品グループが経営する「スパリゾート雄琴あがりゃんせ」がオープンするなど、これも活気をもたらすと思っています。大歓迎です。
「びわ湖花街道」としても、ISO14001認証を取得し環境に貢献しようとしています。この機会に、社内のあらゆることを整理し、「びわ湖花街道」も大きく変わりました。省力化、経費削減で、苦境を乗り切り、今日に至っています。
マスコットキャラクター「おごとん」を、おごと温泉の「温泉だけ」でなく「観光もPRする」ために、ゆるきゃら「戦国おごとん」にリニューアルしました。
また、伝教大師最澄によって開湯したと伝わる「雄琴温泉」です。その最澄が自作された石地蔵が祀られているのが、大津市坂本の日吉大社前早尾地蔵尊の六角形のお堂(六角地蔵堂)です。これを模して、足湯の建物も六角形にしました。

世界市場に向けて
国際観光旅館連盟としての取り組みも行っています。私自身、大津青年会議所に昭和39年から51年まで在籍しました。これは人生にプラスになりました。昭和40年代、琵琶湖の水質汚染が問題となった際、諏訪湖を見学に行きました。環境問題への取り組みの原点が青年会議所時代にあります。行政と一緒に、大津青年会議所として環境への取り組みを行いました。今後も、びわ湖の水がきれいであることが必要だと思っています。これを原点にすべきだと思っています。
富士山が世界文化遺産となりましたが、琵琶湖も信仰の対象です。文化遺産登録を目指して、会長としてやっています。子孫のためにも。近畿一円の水瓶のためにも。

我が国の観光産業の将来
最近ようやく観光庁ができて、「ビジットジャパンキャンペーン」を行っています。でも、まだ道半ばです。日本への観光客はようやく、震災以前に戻りつつあります。中国からだけは戻っていませんが・・・。
「平成25年度観光施策」(観光白書)が観光庁から出されています。地域、産官学の知恵の出し合いが必要だと思います。そのためにも成果を得られたという実感を伴う必要があります。地場産業として観光は重要です。住民自身の気持ちの表し方、ウェルカム、有り難いという気持ちの込め方が必要だと思います。私自身昨年12月9日ホノルルマラソンで、初めてのフルマラソンに73歳にして挑戦し、そういう気持を新たにしました。
2001年に、新しい方向へシフトするため、「國花荘」から「びわ湖花街道」へ名称変更しました。都会近郊の感性豊かな女性に喜んでいただき、温もりのあるおもてなしを感じていただくために、名称変更して良かったと思っています。将来に向けて雄琴温泉を世界ブランドにしたいというのが個人的な夢です。親父から引き継いだ大きな夢、試練と思ってやってきました。新しいことへの挑戦、これしか復活の道はないと思っています。
マラソンもそうです。自分にとっては大変なことですが、覚悟して73歳でホノルルで走りました。自分でそれを選んで挑戦し自分で克服したと思っています。70歳を超えたら自分で生きるわけです。命がけで食べる。食べ方を選択する。発憤する。挑戦する。そして成果を享受する。自分の力で生きていくことが大事です。それで今回も喜んでセミナーの話を引き受けさせて貰った次第です。
それにしても日本は、観光予算が少ない。韓国の5分の1でしかありません。行政が「いらっしゃい」というだけではなく、国家戦略が必要です。日本へのあこがれを育てるべきです。議論を通して合意をし、試行錯誤をすすめるべきです。琵琶湖の水こそ価値の根元です。命をキープするためにきれいな水、空気、豊かな心が必要です。伝教大師の一隅を照らす。近江商人の「三方良し」などの哲学をもって、環境メッセや観光の問題も取り組むべきだと思っています。

《編集後記》
楽しい話、御苦労話、等々いろいろなお話を聞くことができました。
びわ湖花街道の詳細についてはウェブページ(http://www.hanakaido.co.jp/)をご参照下さい。新しい感覚の取り組みが行われていることが分かります。「おごと温泉で美美美(ビビビ)体験」「貸切露天風呂でほっこり宿泊プラン」「女子会プラン」「シルバープラン」等々いろんなプランが用意されていることが分かります。ご覧いただければと思います。(松村)

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